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東京高等裁判所 昭和43年(ネ)840号 判決 1968年11月29日

理由

一  被控訴人が昭和三四年九月初旬景山とくに二五万円を貸付けたこと、その際景山とくは被控訴人に対し債権者景山いち連帯債務者佐野きみおよび佐野静夫、債権額五六万五〇〇〇円を内容とする千葉地方法務局所属公証人近藤勝蔵作成昭和三三年第四九三号債務弁済契約公正証書一通(本件公正証書)を交付したこと、右公正証書は控訴人が債務者佐野きみおよび佐野静夫両名の代理人として関与して作成されたものであること、控訴人が昭和三七年四月二七日被控訴人との間で被控訴人主張の内容の金銭支払契約(本件支払契約)を結んだこと、その後控訴人と佐野光治との民事訴訟が解決し控訴人は同人から昭和三七年七月八〇万円および昭和三九年九月一二五万円を受取つたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

すなわち、控訴人は昭和三七年四月二七日被控訴人との間で「当時控訴人と佐野光治との間に争われている民事訴訟が解決次第控訴人は被控訴人に対し金二四万円を支払い、それと引換に被控訴人は控訴人に前記公正証書を引渡す」旨の契約をしたこと、並びにその後右民事訴訟が解決したことは当事者間に争いがない事実である。よつてこれに対する控訴人の各抗弁につき先ず判断する。

二  控訴人の抗弁中原判決事実欄に同人の主張(二)ないし(四)として記されているものについては、当裁判所はいずれもその理由がないものと判断するものであつて、その理由は原判決理由二(一)ないし(二)前段に記すとおりであるからこれを引用する。

三  次に同(五)の抗弁、すなわち、前記当事者間に争ない本件支払契約が景山とくの被控訴人に対する前認定の二五万円の債務の重畳的引受になるかどうかについて検討する。

1  《証拠》によれば、被控訴人は景山とくに対し昭和三四年九月初旬本件の二五万円を貸付ける前に別口で一五万円と二〇万円を無担保で貸していたもので、本件公正証書その他の書類は本件の二五万円の貸借の際に景山とくから担保として受取つたのであるが、その際の借用証書(甲第五号証)の文言に照らしても、また本件公正証書の債権者が景山いち(景山とくの母)で同人は本件二五万円の借入につき鈴木広吉とともに連帯保証人となつているのに対して前記別個の二口の貸金については同人が債務者または保証人となつていたかは明確でないことや、前記二口の借入金については景山とくが当時既に少しづつ返済していたことが《証拠》によつて認められることなどを考慮すると、本件公正証書その他の書類が担保する債権は本件の二五万円だけであつて、前記別口の貸金は含まないと認められ、被控訴人本人尋問の結果中この認定に反する部分は措信できない。

2  《証拠》を総合すると、本件公正証書は控訴人が債務者佐野静夫、佐野きみ両名の代理人として関与作成されているが事実は控訴人は右両名よりその代理権を与えられておらずかような公正証書が景山とくから被控訴人に前記貸金の担保として交付され、被控訴人がその担保の実行として右両名に公正証書記載の金員の請求をしたため、右両名は被控訴人および控訴人に対し右公正証書が偽造である旨抗議したこと、そこで控訴人は被控訴人に対し本件公正証書は偽造であるから返して貰いたいと申し入れたところ、被控訴人は、景山とくに二五万円貸してあるから無償では返せない、一万円まけるから二四万円払えば返す、と答えたので控訴人も景山とくのため右金員を支払つて自らは本件公正証書の返還を受けようとするに至り、本件支払契約が結ばれたものであることが認められ、《証拠》中右認定に反する部分も措信できない。

3  右1および2に認定した本件支払契約成立の事情にかんがみると、右支払契約は、債務者景山とく、連帯保証人景山いち、鈴木広吉の被控訴人に対する元金二五万円の貸金債務中同二四万円の範囲につき、控訴人と被控訴人との間で控訴人が右景山とくの貸金債務を同人と共に支払うことを約して結ばれた重畳的債務引受契約であると認めるのが相当である。しかして重畳的債務の引受において本人の債務と引受人の債務とは特段の事由ない限り連帯債務と解すべきものであるから(控訴人は不真正連帯債務というが、これは法律上の見解を述べたものにすぎず、裁判所はこの見解に拘束されるものではない)、控訴人は景山とくの貸金債務につき二四万円の限度で連帯債務を負うに至つたものといわざるを得ない。且つ右連帯債務者間には負担部分の定めについての格別の特約の存在は認められないから右負担部分は景山とくと控訴人においてそれぞれ二分の一ずつとなすべきである。

四  そこで、抗弁(八)、すなわち控訴人の消滅時効の抗弁につき検討する。

景山とくが被控訴人より本件二五万円を借り受けた当時同人が他より資金を借り受けてこれを他に貸付ける貸金業を営んでいたことは当事者間に争いがなく、これによれば景山とくは商法第五〇二条第八号の銀行取引を営業としていたもので、同人は商法にいわゆる商人であり、本件二五万円の借入れもまた同人のための商行為と認められ、被控訴人の貸付行為が商行為にあたるかどうかを論ずるまでもなく、本件の二五万円の貸借には商法の適用があり、債権の消滅時効は五年である。そうして、右二五万円の貸金の弁済期が昭和三四年一〇月一五日であることは被控訴人の自認するところであるから、その時効の中断につきなんらかの主張立証もない本件においては、景山とくに対する貸金債務は昭和三九年一〇月一五日の満了により時効によつて消滅し、これにより同人の負担部分と認められる一二万円については控訴人もその義務を免かれたものである(本件支払契約の結ばれたのが右の時効の進行中であるからといつて景山とくについてはそれが何ら中断事由となるものではないから右の判断を異にするものではない)。

五  次に連帯保証人鈴木広吉の弁済について考える。

鈴木広吉が本件の二五万円の貸金につき連帯保証をしたことは前認定のとおりであり、同人が被控訴人に対しその保証債務の履行として昭和四三年五月一三日に一二万円、同年一〇月一八日に三万円合計一五万円を弁済したことは当事者間に争いがない。この事実によると、右弁済により、控訴人が前記債務引受により負担した債務のうち前記時効によつて消滅した部分を除く残債務(一二万円)は全部消滅したことが明らかである。

六  以上のとおりで、被控訴人主張の公正証書と引換に支払を求める二四万円の契約金債権はそれ自身単独に発生したものでなく、景山とくの被控訴人に対する貸金債務を控訴人が引受けることにより生じたものであり、右控訴人の引受債務は時効並びに弁済により消滅に帰している。従つて控訴人に対し本件支払契約の履行を求める被控訴人の請求はすべて失当である。

七  被控訴人の不法行為を原因とする請求について判断する。

1  被控訴人は本件公正証書が偽造であることにより景山とくに対して貸付けた六〇万円相当の損害を蒙つたというが、右公正証書が景山とくから被控訴人に交付されこれを担保として被控訴人から景山とくに金員が貸与されることについては控訴人は何ら認識がなかつたのであるから控訴人の公正証書作成行為と被控訴人の右金員貸付による損害との間には相当因果関係はない、しかのみならず被控訴人が本件公正証書を担保として貸付けたのが二五万円であつて六〇万円でないことは前認定のとおりであるし、右の二五万円もこれを貸付けたことにより直ちにそれだけの損害が生ずるというわけでもない。被控訴人としては景山とく、景山いち、鈴木広吉に対し同時に同額の請求権を取得しているのであつて、その回収ができれば損害を生ずることはないからである。そうして本件公正証書が被控訴人の手中にあることを知つた控訴人がその返還を求めたのに乗じ、被控訴人は控訴人をしてその債務引受をさせたことは前認定のとおりであり、控訴人に対してその引受債務の履行を求めれば結局においてなんらの損害も生ぜず、不法行為責任を問うべき限りでない。控訴人に対する債権が時効消滅したとしても、それは右債務引受契約の後に至つて被控訴人が自ら招いた損害であるにすぎず、本件公正証書の偽造行為とはかかわりのない事柄である。

2  また、被控訴人は本件公正証書による請求権の実現としてその主張の強制執行をしたり、これに伴つて提起された請求異議訴訟に応訴することにより損害を蒙つたというが前認定のとおり被控訴人は、おそくとも本件支払契約の結ばれた昭和三七年四月二七日までに、本件公正証書が偽造のものでその債務者である佐野静夫および佐野きみに対しては強制執行をすることができないと知つていたのであり、それにも拘らず被控訴人が敢て強制執行をしたものと認めるほかはないから、その執行費用やこれに伴つて必要となつた請求異議訴訟の費用などはいずれも被控訴人が自ら招いた出費であるというにすぎず、控訴人に対し不法行為責任を問うべき限りではない。《証拠》も右認定を左右するに足らない。

以上のとおりで、控訴人の不法行為を原因とする被控訴人の本訴請求もすべて理由がない。

八  よつて被控訴人の請求の一部を認容した原判決を取り消してその請求を棄却。

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